高野にも見事な桜がいっぱいです。




高野にも見事な桜がいっぱいです。
4月2日、いわき北部宣伝行動、上荒川ヨークベニマル前に集合し、宣伝したのち宣伝カーとハンドマイク隊に分かれて近隣の団地などで宣伝。若葉台では、はじめは「チラシは興味がないのでいらない」と言っていた子供連れの男性に学校給食署名の話しをすると、出かけようとしていた車をわざわざ止めて「かっこう給食の話を詳しく知りたい」と声をかけ、最後は「ありがとう」とお礼を言われたといいます。
3月30日から4月1日まで、浜松市に静岡県議選浜松中区選挙区のひらが高茂さんと浜松市議選の応援に行きました。3月31日告示4月9日投票で県議選と政令市の浜松市議選がたたかわれます。ひらがさんの選挙区は定数4に5人が立候補で激しい戦いです。なとしても当選をと訴えました。告示日の夕方にはもとむら伸子衆院議員、ひらが候補とともに訴えました。その後とぐち修沖縄県議も合流。
3月25日、文化センターで松川事件無罪60周年記念学習会と国民救援会いわき支部42回定期大会がひらかれた 。学習会の講師は、NPO法人松川運動記念会事務局長の吉田義光さん。「松川救援運動から学ぶもの」と題し話をした。1949年8月17日、東北本線松川町(現)地内で起きた列車脱線転覆事故、首謀者とされた国鉄や東芝の労働者20人が逮捕、裁判で死刑や無期懲役が宣告されたが事故から14年、救援活動によって全員の無実が確定した。
引き続き、国民救援会いわき支部42回定期大会が行われた。コロナなどで開催されず2年ぶりの大会となった。支部長には大木弁護士、事務局長に草野さん。
3月29日、内郷好間ブロックの宣伝行動、5ヵ所の街宣と500枚のチラシ配布。若い人の手振りが目立った。
3月27日、内郷事務所前で朝の街頭宣伝。菅野宗長市議と高坂、御厩、BRの人たちと。
その後は、下荒川地域を地元の支部の人たちと、途中見事な桜が咲いていたのでパチリ。宣伝は、5ヵ所で街宣、50枚のチラシ配布、3軒訪問し購読訴え。
3月26日、山形市に山形県議選応援に行きました。内郷好間ブロックで私を含めて3人。山形市選挙区は、現職の渡辺県議から石川渉さんにバトンタッチの選挙。雨の中10か所でハンドマイク宣伝を行いました。
23日、共産党県議団は、教育長に対し学校給食費無償化の早期実施を求める申し入れを行いました。本県では、49市町村、83%で全額・一部補助を行うところまで広がってきました。この間、共産党県議団は、学校給食費無償化を求める会の人たちなどと運動を進めてきました。
このほど自民党の茂木幹事長が学校給食費無償化を政府に提案し実現をめざす方針を明らかにしたことは、歓迎するものです。この間の保護者をはじめとした国民の粘り強い議会内外の取り組みが政治を動かした結果です。申し入れは、こうしたもとで給食を教育の一環として位置づけ、無償化を早急に実施することを求めました。
19日、4月16日告示、23日投票の喜多方市議選の応援にいわき北部地域の人たちと行きました。喜多方市議選には、定数が22人で日本共産党は現職の矢吹哲哉さん、新人の田中修身さんの2名が立候補予定です。少数激戦が予想されます。この日はハンドマイクと政策ビラの配布で、午前午後で10か所の街宣と400枚のビラを配りました。 私はハンドマイクを持ち辻々で訴えました。その時、男性が近寄ってきて、「吉田さんですか?」と声をかけてくれました。なんと、内郷三中PTA会長をしていた時の校長先生で、佐久間雄彦さんでした。佐久間さんは、内三中の後、会津地方の校長先生を歴任し、7年前に退職されたといいます。いわきから遠く離れた喜多方で、偶然にもお会いできたことは、びっくりでした。いつまでもお元気で活躍されることをお祈りします。
18日、7者共闘による「あれから12年原発事故は終わっていない3・18アクション」が小名浜イオンモール前の潮目交流館で開かれました。労組からのあいさつの後、立憲民主党、日本共産党、社会民主党があいさつ、共産党は県議、市議がそろい熊谷地区委員長があいさつしました。
いわき市民訴訟原告団総会は、平の八幡会館で開かれ、仙台高裁での国の責任を認めない判決に対して最高裁に上告するとともに、原告団名称を「ノーモア・フクシマいわき市民訴訟原告団」に改めることを決めました。